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ペリー特使たちとの交渉会議が日本最古

ビジネスマンや商店など、客商売には必需品の名刺ですが、名刺はその名の通り、名を刺に書いて刺すとして、その語源は中国にあります。
名刺の起源は、3世紀の後漢の時代に遡ります。
その始まりは、主に士大夫と呼ばれる科挙官僚・地主・文人などの位のものが自分より地位の高い人を訪問した際、相手が留守だった時や、他に用があって取り次いでもらえなかったとき、刺と呼ばれた竹製の片方がとがった札に自分の名と官位を書き込み、それを、門番に渡したり、門前の郵便受けのような箱や門扉などに刺して、自分が訪問したことを相手に知らせるために行われたのが始まりといわれています。
中国では片方がとがっていたことから名片とも呼ばれています。
特に、日本人に最もなじみのある中国史でもある三国志の時代(後漢より半世紀後)、孫権が治めていた呉の武将朱然の墓からは、1984年6月の発掘で、世界最古の名刺が発見されています。
三国志を描いた中国のドラマでも、諸葛孔明を何度も訪ねた劉備が、自らの名を刻んだ刺しを諸葛亮の庵の門戸に刺して帰るシーンが描かれています。
また、7世紀の平安な唐の時代には、官僚社会の必需となり、自分より地位の高い人への謁見の取次札のように使われるようにもなりました。
さらには、木製ではなく、金製の名刺を渡し、賄賂のように使われたとも言われています。
日本では幕末から使われだしたということになっていますが、これは亜米利加応接録に幕府役人とペリー特使たちとの交渉会議に双方で名を書いた札を交換したとあり、記録が残っているものでは、これが日本最古になります。